運転免許

久しぶりに弟とはなした。なにげに「どうして車の免許とらなかったの?」と聞いた。あたしとおなじく母親にとらないでくれといわれたことがわかった。そうか・・・あたしたち兄弟みんな車の免許がないのは親の言葉に縛られているからなのかもしれない。

時間の流れ

カレとあたしたちには時間の流れが違うのだと認識しないといけない。

何十通のメールや何十本の電話でもカレには一個のメールと一本の電話に感じてしまうかもしれない。それにいちいち気に病んでいたらこちらが自滅する。返事も2,3日まってもこないけど、カレの中では1,2時間なのかも・・

見極められる?

虐待は良くないことの前提で聞いた意見なのですが・・いじめられる方にも悪いところはある。小さい子供でもなつくなつかないでかわいがられるのがちがうようにそういった事もあるんだそうです。

あたしは虐待は100%虐待するほうが悪いとおもっていたのでなるほどなぁと違う意見もあるんだなと思いました。自分の思い通りにならなければ独裁者みたいじゃんなんて考えは甘いのだとしりました。子供なりの大人の見極めを2歳児でもやってるかもしれない。例えばどちらかの親が虐待していても遠慮があってとめられないなどの理由もあるのでしょう。

ただ・・あくまでひとつの考え方で虐待はよくないんだけど。もうソレを引きずらないから素直にきけたのかもしれないケド、やっぱりどこかで心が痛むんダヨ。

凹む月

子供の頃から10月はにがてで・・

父が死んでその後高熱を出して入院したとか、交通事故死だったかので裁判所についていったとか、当時の小学生ならあまり経験しないようなことやってたかも。んで転校していじめられたりw なんだかおおきなことは10月なんだよね。

もう40年もたつんだよなぁ・・。いい加減にしないとだなと思うけど10月は苦手。

「死」をうけとめること

死を受け止めるということは大変なことなんだと、最近になってわかったようなきがする。人間はいつか死ぬものなのだからとなんとなくかんじてたけど、それは普通のことではなくて、なかなか受け止められなくて前に進めない人が身近にいてわかった。お葬式の写真をみたり、生前の写真を見ることすらできないでいる。

それを乗り越えろというのは簡単だけどココロをやんだりしてしまう可能性だってあるそうで、一歩ずつ認識していくしかないんだって。むずかしいんだね。

そして・・

あたしは途方にくれる。

父母の葬儀の写真の準備をしていて、記憶がよみがえってしまった。

父の時は5歳だからまだよくわからずにいたけど高熱をだしたらしいし、母の時は25歳くらいだからしっかりしなくてはと気を張っていて、娘たちからは葬儀なのに泣きもしない冷たいと言われたことを。

 

理由はいろいろあるけれど・・・周りの感想がすべてなのかもしれないもんね。

不快なこと

何が不快で不快じゃないかはひとにとってそれぞれダケド、不快なことに立ち向かう勇気をもってほしい人がいる。

引きこもりになれる人はかじるスネがあるからでそのスネがないから、自分でなんとかするしかない。オーバードーズで具合が悪くなっても、助けてくれる人はいないそれをわかった上で嫌な事、不快なことにもきちんと目を向けて立ち向かってほしい。今はソレを祈るだけなんだけど・・

あかとしろ

小学生の頃、学校で母の日の前になるとカーネーションの造花を渡された(購入してたんだと思うけど)母のいる人は赤、いない人は白。あれはなぜだったんだろう?

http://koyomi.vis.ne.jp/reki_doc/doc_0722.htm">母の日の由来を調べていても同じように赤と白に分けられる。友人に母をなくした人ができたのは6年生のとき、あのときの彼女はさみしそうだったなぁ・・・みんな赤いカーネーションを持って帰るのに彼女だけ白。

宗教やいろんな意味合いがあるのだろうけど。だけど・・これも差別や区別につながることはないの?みんな公平に平等になんて無理なことはしってる。できっこないもんね。子供のココロにどううつるんだろ、今はそれだけがつらくかなしい。